採用サイト経由の問い合わせゼロから、複数年にわたり採用が生まれる状態へ
【実績紹介】 2026.09.03

目次
- はじめに
- 成果概要
- 1. 採用サイトを作ったが、応募が来ない
- 2. サイト改善の前に、ブランドの中心を決める
- 3. 求職者の声から、意思決定の基準を探る
- 4. 「症例が多い」を、「成長できる環境」へ翻訳する
- 5. 提供価値を「機能」と「情緒」に分けて設計する
- 6. USPとUVPを整理する
- 7. ブランドプロミスを言葉にする
- 8. 採用サイトを「語る場」から「選べる場」へ
- 9. 施設見学の前に、カジュアル面談を置く
- 10. WebサイトとSNS、二つのブランドタッチポイント
- 11. Xから始め、Instagramへ運用を最適化する
- 12. 月1回の作業で回るInstagram運用
- 13. SNSを「想起を獲得する装置」として考える
- 14. コンバージョン数だけでブランドの成否を判断しない
- 15. ブランド体験は、コンバージョン後も続く
- 16. ブランドを育てる組織設計
- 17. 現場の負担に合わせて、運用方法を変える
- 18. ブランドが現場の判断基準になる
- 19. 3年半で生まれた変化
- 20. 採用ブランドが、医療機関ブランドへ波及する
- 21. 成果の因果関係を、必要以上に単純化しない
- 22. この事例から得られた五つの学び
- 23. 採用ブランディングは、施策ではなく構造で組む
- まとめ
高度救命救急センターで実践した、採用ブランドの設計と一貫運用
「傷病者の人生を救うドクターを育成します。」——この一言を軸に、採用サイト・SNS・面談導線までを一つのブランド体験として設計した3年半の記録です。
はじめに
「採用サイトを作ったものの、応募が来ない」 「求人媒体や人材紹介会社への依存を減らし、自社で採用できる状態をつくりたい」 「SNSを始めたが、何を発信すればよいか分からない」
こうした課題の根っこにあるのは、多くの場合、施策の不足だけではありません。組織固有の価値が言語化されず、求職者へ一貫して伝わる状態になっていないことです。
サイトをリニューアルし、SNSアカウントを開設しても、それだけで応募者が増えるわけではありません。求職者が知りたいのは、組織が伝えたい情報の一覧ではなく、
ここで働くことで、自分は何を経験し、どのような未来を得られるのか
という一点です。そしてその答えは、一度発信すれば伝わるものではありません。求職者に認知され、興味を持たれ、比較検討され、面談や見学に進み、最終的に選ばれるまでの間、一貫した価値観を保ち続けなければなりません。それがブランドの役割です。
本記事では、埼玉医科大学総合医療センター高度救命救急センターの医師採用支援を題材に、次の内容を紹介します。
- 求職者の声から採用ブランドの価値を設計した方法
- 組織の強みを、求職者にとっての価値へ翻訳した方法
- 採用サイトを「語る場」から「選べる場」へ変えた設計思想
- WebサイトとSNSにブランド上の役割を分けた理由
- 少人数でも継続できるブランド運用体制
- ブランド体験の一貫性を検証するための計測設計
- 採用ブランドが医療機関ブランド全体へ波及した可能性
派手なバズや短期間での大量獲得を狙った事例ではありません。一貫した価値を地道に積み重ね、組織の「らしさ」を資産に変えていった事例です。
成果概要
支援開始前は、採用サイトからの問い合わせがほとんど発生していない状態でした。そこから、面談・施設見学の申し込みが継続的に生まれる状態へと移行しています。
開始初年度と昨年度の各12か月間を比較すると、以下の変化が確認されています。

月平均では、昨年度のセッション数は約3,255、面談・見学申し込みは約1.9件です。
Instagramは運用開始から約1年でフォロワー数1,000人に到達。SNS経由のWebサイト流入も月平均約50件発生しています。
現場担当者へのヒアリングによると、支援開始初年度に1名、翌年度に2名の採用が実現し、2年目以降も複数名の採用が生まれていると伺っています。
さらに担当者からは、
認知が増え、どのような診療をしているのかを継続して発信してきたことで、採用応募者以上に、他院から紹介される患者数が増えた
との声もありました。患者紹介の増加を採用ブランドの活動だけに帰することはできませんが、採用候補者に向けて可視化した診療内容や専門性が、医療関係者の理解や信頼にもつながった可能性があります。
1. 採用サイトを作ったが、応募が来ない
プロジェクトの始まりは、高度救命救急センターから受けた、
「採用サイトを作ったものの、公開以来問い合わせがない」
という相談でした。
当時は採用エージェントや求人ポータルサイトを通じて医師を採用していましたが、外部サービス経由の採用では、センターの診療方針や文化が候補者に十分伝わらないまま選考が進み、採用後のミスマッチや早期退職につながることがあったそうです。医師の人材紹介は年収に応じた成功報酬が発生することも多く、一人を採用する費用も高額になります。高い費用をかけて採用しても組織との相性が合わず短期間で退職してしまう——そうした状況を変えるため、候補者と直接接点を持てる独立した採用サイトが開設されました。
しかし、サイトを作っただけでは応募にはつながりませんでした。旧サイトを確認すると、センター側が伝えたい情報が中心で、若手医師にとってのメリットが分かりにくい状態だったのです。初期分析で整理した主な課題は次の通りです。
- ページが分散し、目的の情報が見つけにくい
- 組織が伝えたいことを一方的に説明している
- 長いテキストが中心で内容を理解しにくい
- 「人手不足である」という発信側の事情が主語になっている
- 求職者が得られる経験や未来が明確になっていない

つまり、サイトにはブランドの中心となる価値が存在していませんでした。そこでプロジェクトの目的を、単なるサイト刷新ではなく、
研修先・勤務先として選ばれるブランドをつくること
と定義し直しました。組織を主語にした「I」の発信から、求職者が得られる価値を主語にした「YOU」のブランド設計への転換です。
2. サイト改善の前に、ブランドの中心を決める
採用サイトの改善というと、デザイン変更やコンテンツ追加から着手したくなります。しかし、ブランドとして何を約束するかが定まらないまま情報を増やしても、軸のないサイトが出来上がるだけです。
そこで、デザインやページ構成を考える前に、採用ブランドが提供する価値の言語化から着手しました。用いたのは3C分析です。
- Customer:求職者は何を求めているか
- Competitor:他の病院や医局は何を訴求しているか
- Company:高度救命救急センターにはどのような強みがあるか
この三つを重ね合わせ、求職者のニーズを満たしながら他院と差別化できる、独自のブランド価値を探りました。
3. 求職者の声から、意思決定の基準を探る
まずはCustomer、すなわち求職者の理解から始めました。想定ターゲットは、専門性を身につけたいという向上心を持つ後期研修医から若手医師です。
ターゲットに近い意思決定経験を持つ若手医師2名へのヒアリングに加え、SNS上で研修医や若手医師が発信している内容を追うソーシャルリスニングも実施しました。2名という人数は統計的な代表サンプルではないため、結果は一般化せず、求職者の意思決定を理解するための定性的な仮説として扱っています。
インタビューから見えてきた主な選定基準は次の四つです。
- 自分自身が扱える症例が豊富にあるか
- 専門医取得に必要な症例や経験を得られるか
- 上級医から十分な指導を受けられるか
- 職場の雰囲気や人間関係が良いか
病院全体の症例数の多さよりも、若手医師が実際に診療へ関わり、経験を積めるかどうかが重視されていました。
一方、ソーシャルリスニングからは、救命救急という診療領域特有の不安も見えてきました。
- 自分の能力が救急の現場で通用するのか
- 幅広い領域の知識が求められる中で、専門性を身につけられるのか
- 成長したいが、厳しすぎる環境では続けられないのではないか
若手医師は、多くの症例を経験して成長したいと考える一方、高度救命救急の厳しいイメージに心理的なハードルを感じていました。この「成長意欲」と「不安」の間にある葛藤こそ、ブランドが解消すべき最初の課題でした。

4. 「症例が多い」を、「成長できる環境」へ翻訳する
求職者の表面的なニーズだけを見れば、訴求すべきは「症例数の多さ」です。しかし、
「症例数が多い病院です」
と伝えるだけでは、候補者の不安は解消されません。症例が多いことは、受け手によっては「忙しすぎる」「自分には対応できない」という印象にもなり得るからです。
そこで、症例数そのものを訴求するのではなく、
豊富な症例を経験しながら、指導とチーム医療によって成長できる環境
としてブランド価値を再定義しました。ブランディングにおいて重要なのは、組織内部の特徴をそのまま伝えることではなく、求職者にとっての意味へ翻訳することです。
- 症例数が多い → 短期間で多くの臨床経験を積める
- 多様な専門家が在籍している → 自分の専門性を深めながら他領域の知見も得られる
- チーム医療が確立されている → 一人で判断を抱え込まず、多角的な視点で診療できる
- 若手の意見も尊重される → 経験年数にかかわらず診療や研究へ主体的に参加できる
5. 提供価値を「機能」と「情緒」に分けて設計する
求職者に提供する価値を、機能的価値と情緒的価値の二つに整理しました。ブランドは、この二層構造を持って初めて他院と比較されにくい独自性を持ちます。
機能的価値:キャリアの基盤となる実務経験
高度救命救急センターには、多発外傷や頭部損傷、脊椎損傷など重症度の高い症例が多く集まります。さらに、複数の専門領域を持つ医師や他診療科と連携し、チームで診療にあたっています。
この環境で得られる価値を、
短期間で多くの臨床経験を積み、高い全身管理能力と専門性を身につけられること
と定義しました。症例数や診療体制は、この価値を裏づける根拠(RTB=Reason to Believe)として位置づけています。
自院分析を進める中で見えてきたのが、症例数や診療実績だけではない、センター固有の診療体制でした。多くの救急医療現場では、救命処置や急性期治療を終えると患者を専門診療科や後方科へ引き継ぐため、救急医がその後の治療経過や機能回復、退院後の生活まで継続して関わる機会は限られます。
一方、このセンターでは、病院前診療や初療、手術、集中治療だけでなく、後方病棟での治療、機能回復、退院後の外来フォローまで、一貫して患者の診療に関わります。これは単に「担当期間が長い」という違いではありません。急性期の判断や治療が、患者の生命予後や機能予後、その後の生活にどう影響したかを自ら確認できる診療体制なのです。
若手医師にとっては、命を救う技術を学ぶだけでなく、
- 自分の診療判断が患者の予後にどう影響したか
- 救命後にどのような障害や生活上の課題が残るのか
- どのような初期治療が機能回復や社会復帰につながるのか
- 患者や家族にとって「救われる」とは何を意味するのか
までを、一つの連続した診療経験として学べます。さらに、直接患者さんから感謝される、あるいは予後観察まで担当することで救った命を実感することができる体制でもあります。この診療体制こそが、他の救急科との主要な差別化要素であり、ブランドの独自性の核でした。
組織側の特徴である「初療から機能回復、社会復帰、退院後の外来フォローまで一貫して患者を診ることができる診療体制」を、若手医師の視点から、
自分が行った治療の先にある患者の回復までを見届け、診療判断を学びへ変えられる環境
と翻訳しました。
情緒的価値:医師としての価値観を築く原体験
この診療体制は、臨床能力を高める機能的価値だけでなく、若手医師の価値観にも影響します。患者が命を取り留める瞬間だけでなく、身体機能を回復し、家族のもとへ帰り、社会生活へ戻っていく過程まで関わることで、
人を救うとは、命をつなぐことだけではない。その後の人生まで支えることである
という意味を、自らの診療経験を通じて考えられます。この経験がもたらす情緒的価値を、
医師としての価値観を築く原体験
と定義しました。このセンターで得られるのは救命処置の技術だけではなく、自分の診療の結果を最後まで確認し、患者の人生にどのような影響を与えたかを学ぶことで築かれる、今後のキャリアの判断軸そのものです。
6. USPとUVPを整理する
ブランドの独自性を明確にするため、組織が持つ独自の特徴であるUSPと、求職者が受け取る独自の価値であるUVPを整理しました。
USP(組織が持つ独自の診療体制) 救命救急科が、病院前診療・初療・手術・集中治療から後方病棟、退院後の外来フォローまで一貫して患者の診療に関わること。多くの救急医療現場が急性期治療後に患者を引き継ぐのに対し、このセンターでは救命後の機能回復や社会復帰まで自ら経過を追うことができます。
UVP(若手医師が受け取る独自の価値) この診療体制を、若手医師の視点では次のように翻訳しました。
自分が行った診療の結果を、救命の成否だけでなく、患者の機能回復や社会復帰まで含めて確認し、次の診療へ還元できること
さらにその経験によって、
瀕死の状態で搬送された患者が、再びその人らしい人生を取り戻していく過程に関わり、「人を救うとは何か」という医師としての価値観を築けること
を独自の提供価値としました。
ここで重要なのは、組織側の事実をそのまま採用コピーにしていない点です。「初療から外来まで一貫して診療する」という組織上の特徴を、治療結果まで確認し臨床判断を磨けるという機能的価値と、患者が人生を取り戻す過程に関われるという情緒的価値へ変換しています。同じ事実でも、組織側の表現と求職者側の表現では意味が異なります。ブランディングとは、この翻訳作業そのものだと言えます。

7. ブランドプロミスを言葉にする
整理した機能的価値、情緒的価値、USP、UVPを統合し、採用ブランドの中心となるコピーを策定しました。
傷病者の人生を救うドクターを育成します。
サブコピーは次の通りです。
多様な専門領域を持つスタッフが集まる国内随一の本格的外傷センター。 高い臨床能力と専門性を身につけ、傷病者の救命だけでなく、 機能回復や社会復帰を見据えた診療を行えるドクターを育成しています。
このコピーは、サイトを印象的に見せるために後から作った広告表現ではありません。若手医師が求める成長機会、救命現場に対する不安、豊富な重症症例、多様な専門家によるチーム医療、急性期治療後も患者の経過を追える診療体制、自らの診療結果を次の学びへ還元できる環境、患者の機能回復や社会復帰まで見届けられる経験、医師としての価値観を形成できること——これらすべてを一つの約束としてまとめた、ブランドの中心的な言葉です。
「人生を救う」とは、単なる情緒的な表現ではなく、急性期治療で命をつなぐ、後遺障害をできる限り抑える、機能回復を支える、社会復帰を見据える、退院後の経過まで診るという、実際の診療体制に基づく言葉です。「ドクターを育成します」も、多くの症例を経験させるという意味にとどまらず、診療技術だけでなく医師としての判断軸と価値観を持った人材を育てるという約束を表しています。
以降のすべてのコンテンツは、このブランドプロミスを証明するための情報として設計しました。
8. 採用サイトを「語る場」から「選べる場」へ
サイトリニューアルで目指したのは、センターの魅力を一方的に説明することではなく、求職者が必要な情報を自分で確認し、「自分に合う環境か」「ここでどのような経験ができるか」「次の行動を取るべきか」を判断できる状態をつくることでした。
ファーストビューの変更 リニューアル前は「募集しています」という組織側の事情が前面に出ていましたが、リニューアル後は「傷病者の人生を救うドクターを育成します。」という、求職者が得られる未来を最初に提示する構成へ変えています。
情報構造の整理 サイト内の情報を、候補者の意思決定に合わせて再構成しました(センターの理念と特徴、診療体制、診療実績、各診療科、スタッフ紹介、教育・研修環境、募集概要、カジュアル面談、施設見学、学会・研究活動、月次診療実績、新着情報)。トップページは情報を詰め込む場所ではなく、候補者が必要なページへ進むための案内板として設計しています。
数字をインフォグラフィックで見せる 症例数、手術件数、診療成績などは、長文で説明するのではなく数字や図解で一目で理解できるようにしました。読ませることよりも、理解させることを優先しています。
新着情報を継続的に更新する 求職者は「今も採用しているのか」「この情報は現在も有効か」を、更新状況から無意識に判断します。登壇情報、研修会、学会活動、診療実績、院内の取り組みなど、継続して更新できるテーマをあらかじめ設定し、更新する内容まで運用設計に含めています。
9. 施設見学の前に、カジュアル面談を置く
従来の主なコンバージョンは施設見学でしたが、全国から候補者が集まるこのセンターでは、移動時間や交通費、日程調整といったハードルが、志望度がまだ高くない段階での申し込みを妨げていました。
そこで、施設見学の前段階として、オンラインで参加できるカジュアル面談を設置しました。選考ではなく、現役医師から診療内容や働き方を聞くための接点です。候補者の行動を「サイトを見る→現地へ見学に行く」という二段階ではなく、
サイトを見る → オンラインで話を聞く → 施設を見学する → 応募を検討する
と分解しました。大きな意思決定の前に、小さな行動を選べるようにしたことがポイントです。
10. WebサイトとSNS、二つのブランドタッチポイント
採用サイトを改善しても、アクセスされなければ成果にはつながりません。支援開始時点の月間アクセス数は、おおむね1,000〜1,400セッション程度でした。専門性の高い医師採用では検索需要そのものが大きくなく、検索されるのを待つだけでは候補者との接点が不足します。
そこで、WebサイトとSNSに異なるブランド上の役割を持たせました。
SNSの役割 センターの存在を知ってもらう/職場の雰囲気や人柄を伝える/日常的に接点を持つ/必要になったときに思い出してもらう/Webサイトへの入り口を増やす
Webサイトの役割 診療内容を詳しく理解してもらう/教育・研修環境を確認してもらう/実績や体制への納得をつくる/他院と比較する材料を提供する/カジュアル面談や見学へ進んでもらう

SNSを「共感をつくる場」、Webサイトを「選択を後押しする場」と位置づけ、SNS単体で応募を獲得しようとするのではなく、SNSで認知と関心をつくり、詳しい情報はWebサイトで確認してもらう構造にしています。
11. Xから始め、Instagramへ運用を最適化する
SNS運用の開始当初はXを選びました。当時の院内担当者がSNS運用に慣れていなかったため、画像制作の負担が比較的小さく、日常的な発信を始めやすい媒体だったためです。職場の雰囲気、研修の様子、日々の出来事、医療に関する豆知識などを発信し、投稿数は1日5件程度を目標にしていました。
しかし運用を始めると、複数人で運用すると投稿品質にばらつきが出る、日々のネタ探しが負担になる、本来業務と並行して投稿を続けるのが難しい、投稿数を目標にすると目的より更新作業が優先されるといった課題が見えてきました。
求職者が重視していたのは、職場の雰囲気、人間関係、どのような人が働いているか。これらはテキストよりも写真や動画の方が伝わりやすいと判断し、運用の中心をInstagramへ移しました。これは戦略の変更ではなく、「SNSで職場の雰囲気と共感をつくる」という役割を維持したまま、媒体をブランドの目的に合わせて最適化したものです。
12. 月1回の作業で回るInstagram運用
Instagramを継続するため、作業を分散させず、一つのタイミングへ集約する体制を構築しました。
- 数か月分を一日で撮影する:診療や研修の様子、スタッフ紹介、院内設備など、あらかじめ投稿企画を決めた上でまとめて撮影
- 投稿企画をスプレッドシートで管理する:投稿テーマ、使用画像、投稿文、公開予定日、確認状況を関係者間で共有
- 投稿文の確認を月1回に集約する:広報委員会の月1回の定例会で翌月分をまとめて確認し、運用停滞を防ぐ
- 画像制作は外部へ分担する:制作はデザイナーへ外注し、企画とディレクションを筆者が担当。医師には院内でなければできない業務に集中してもらう
- 表紙を統一する:すべての投稿に共通した表紙デザインを設定し、アカウント全体の世界観を統一。断片的な投稿の集まりではなく、一貫した採用ブランドとして認識される状態を目指す
13. SNSを「想起を獲得する装置」として考える
現在、InstagramはWebサイトへの直接送客だけを目的にしていません。医師の転職や研修先選びは、投稿を見てその場で応募するような短期的な意思決定ではないからです。
候補者が進路や転職を検討する時期になった際に、「そういえば、埼玉医大の救命センターがあった」「Instagramで見たことがある」「どのような環境か調べてみよう」と思い出してもらうことが重要です。SNSを、即時のコンバージョンを狙う広告ではなく、必要になったときに思い出してもらうための認知資産として運用しています。
14. コンバージョン数だけでブランドの成否を判断しない
採用広報では応募数や見学申し込み数だけをKPIに置きがちですが、最終的な数字だけを見ていても、なぜ成果が増えないのかは分かりません。候補者がサイトを訪問してから申し込みを完了するまでのプロセスを分解し、ブランド体験のどこで離脱が起きているかを段階ごとに計測しています。
- セッション数:自然検索、SNS、外部サイト、直接流入など、どの接点から訪問しているかを確認
- 募集概要ページの閲覧:スタッフ紹介や診療実績など、どのコンテンツが採用情報への送客に寄与しているかを分析
- フォーム到達:CTAの配置や文言、ページ構成に問題がないかを確認
- フォーム開始:入力項目の見え方や個人情報提供への不安など、第一印象の負荷を確認
- フォーム完了:入力項目数やエラー表示、スマートフォンでの操作性を、行動分析ツールも併用して確認
セッション→採用情報の閲覧→フォーム到達→入力開始→入力完了と分解することで、改善すべき箇所が具体的になり、施策を思いつきではなく事実に基づいて決められるようになります。
15. ブランド体験は、コンバージョン後も続く
面談や見学の申し込みが発生しても、採用が決まったわけではありません。採用につながるかどうかは、その後の対応、つまり候補者が体験するブランドの一貫性に大きく左右されます。
フォーム送信内容が自動的にスプレッドシートへ反映される仕組みを構築し、申込者の基本情報、面談・見学の希望内容、対応担当者、対応予定日、実施結果、面談内容のメモ、次に取るべきアクション、カジュアル面談から施設見学へ進んだか、継続フォローの要否などを共有しています。簡易的なCRMとして使うことで、「問い合わせは来たが、その後どうなったか分からない」という状態を防いでいます。
問い合わせ者の属性や質問内容を蓄積することで、どのような人が関心を持っているか、何を不安に感じているか、想定ターゲットと実際の候補者にずれがないかを把握し、次のコンテンツ企画へ反映しています。

16. ブランドを育てる組織設計
採用ブランドは、サイトを公開した時点で完成するものではありません。診療実績、スタッフ、研修内容、採用条件は変化し続けます。継続して情報を更新しなければ、ブランドと現場の実態が離れていきます。
そこで、外部支援者だけが発信するのではなく、現場から情報が集まり、確認され、公開される流れを設計しました。月1回の定例会では、Webサイトのアクセス状況、面談・施設見学の申し込み状況、コンバージョン後の対応状況、Instagramの投稿結果と反応の良かった投稿、翌月以降の投稿企画、新たに発信できる院内情報、サイト上で改善すべきページ、採用候補者から寄せられた質問を確認します。
関係者が毎日マーケティング業務を行う必要はありません。運用とは頻繁に会議を開くことではなく、必要な判断を、必要な情報に基づいて、定期的に行える状態をつくることだと考えています。
17. 現場の負担に合わせて、運用方法を変える
初期のSNS運用は、投稿数を確保するため医師ごとに担当日を割り当てる方式でしたが、診療業務と並行して日々投稿することは現場にとって大きな負担でした。そこで、日別担当制から投稿テーマごとの担当制へ変更しました(研修・教育、診療実績、医療クイズ、院内の様子、ランチや日常、学会・研究活動など)。担当テーマが決まっている方が、毎回ゼロから投稿内容を考えずに済みます。
その後、Instagramへの転換に伴い、撮影・企画・制作・確認・予約投稿を月単位でまとめる方式へ変えました。当初の運用計画に固執せず、現場が続けられるか、情報の質を保てるか、ブランドの目的に合っているかを基準に、運用方法を柔軟に見直しています。
18. ブランドが現場の判断基準になる
このプロジェクトで重視しているのは、決められたコピーを繰り返し掲載することではありません。「傷病者の人生を救うドクターを育成する」というブランドプロミスを、コンテンツを判断するための共通基準として機能させることです。
新しい投稿企画を検討する際には、若手医師が得られる経験を伝えているか、臨床能力や専門性の成長を示せているか、チーム医療の実態が伝わるか、急性期治療後も患者の経過を追える体制が伝わるか、救命後の機能回復や社会復帰への姿勢が表れているか、候補者の不安を軽減できるか、ここで働く自分を想像できるかを確認します。
ブランドはロゴやコピーだけではなく、情報を選び、表現し、優先順位を判断するための共通基準です。現場の医師が投稿テーマや表現を工夫するようになり、反応の良かった内容を次の企画へ生かすようになったことは、ブランド運用が外部から与えられた作業ではなく、組織内に根づいた活動へ変化してきた兆候だと考えています。
19. 3年半で生まれた変化
本プロジェクトは、一つの施策が劇的な成果を生んだわけではありません。価値の整理、サイトリニューアル、SNS運用、コンテンツ追加、導線改善、計測、フォロー体制の構築を積み重ねてきました。
Webサイトへの訪問が増えた 自然検索流入は14,024から32,945へ、総セッション数は24,866から39,058へ増加。自然検索の伸びが総セッションの伸びを上回っており、継続的なコンテンツ追加によって、広告に依存しない検索経由の接点が蓄積していることがうかがえます。
面談・見学が増えた 面談・施設見学の申し込みは10件から23件へ増加。セッション数の伸び(57%)を申し込み数の伸び(130%)が上回っており、単にアクセスが増えただけでなく、訪問者が面談や見学へ進む割合そのものが改善しています。
SNS上の接点が増えた Instagramは運用開始から約1年でフォロワー数1,000人に到達し、昨年度のSNS総インプレッションは693,709回。対象者が限定される医師採用領域では、フォロワー数自体よりも、将来候補者になり得る医学生や若手医師、医療関係者と継続的な接点を持てていることに意味があります。
実際の採用につながった 運用現場への聞き取りでは、支援を始めてから1年目で1名、続く2年目には2名の入職が決定し、その後もコンスタントに実採用へと至るサイクルが定着しています。問い合わせが発生しなかった状態から、面談・見学が継続的に生まれ、実際の採用につながる状態へと変化しました。応募者数や採用数は一般消費財の販売件数と比べれば小さく見えますが、高度救命救急を志望する医師は対象者自体が限られており、必要な人材と継続的に接点を持ち、毎年採用が生まれる状態をつくることに意味があります。
20. 採用ブランドが、医療機関ブランドへ波及する
このプロジェクトの当初の目的は若手医師の採用でしたが、サイトやSNSで発信してきた内容は採用候補者だけに価値を持つものではありませんでした。
どのような重症患者を受け入れているか、どのような専門家が在籍しているか、どのような診療体制を持っているか、どのような治療成績を上げているか、急性期治療後もどこまで診療に関わるか、救命後の機能回復をどう考えているか——これらは、患者の紹介先を判断する他院の医師にとっても重要な情報です。
担当者からは「採用応募者の増加以上に、他院から紹介される患者数が増えた」との声がありました。この変化には医師数、受け入れ体制、地域連携活動など複数の要因が関係している可能性があり、WebサイトやSNSが患者数増加の直接の原因であると断定することはできません。一方で、採用候補者に向けてセンターの診療能力や価値観を可視化した結果が、医療関係者にも届き、「患者を任せられる医療機関」としての理解や信頼につながった可能性はあります。
同じブランドプロミスが、相手によって異なる意味を持って機能しているのです。
| 対象 | 伝わる価値 |
| 若手医師 | 自分の治療結果を患者の社会復帰まで確認し、傷病者の人生を救える医師へ成長できる |
| 紹介元医師 | 急性期治療だけでなく、救命後の機能回復や予後まで患者を任せられる |
| 患者・家族 | 救命後の生活まで考えた医療を受けられる |
| 地域社会 | 高度救急医療を担う医師が継続的に育成される |
採用ブランドとして整理した価値が、医療機関全体のブランド価値へ広がった点は、本プロジェクトの重要な成果だと考えています。
21. 成果の因果関係を、必要以上に単純化しない
セッション数や面談申し込み数の増加を、そのすべてをサイトリニューアルやSNS運用だけの成果と断定することはできません。医師採用には、医療業界全体の採用環境、大学や医局内の人間関係、学会や紹介による接点、診療体制の変更、在籍医師の増減、研修制度や待遇の変更、候補者個人のキャリアタイミングなど、多くの要因が影響します。患者紹介についても同様です。
本事例で確認できるのは、Web上の接点が増えた、自然検索が増えた、SNS上の露出が増えた、面談・見学申し込みが増えた、実際の採用が発生した、現場が患者紹介の増加を実感している、という事実です。その上で、ブランド価値の可視化と継続発信が、採用候補者や医療関係者の理解・想起・行動に一定の影響を与えた可能性がある、と評価しています。
成果を大きく見せることよりも、どこまでが確認できた事実で、どこからが仮説なのかを分けることが、長期的なブランド構築には重要だと考えています。
22. この事例から得られた五つの学び
1. 採用サイトは、デザインより先にブランドの価値を決める 見た目を変えても、伝える価値が曖昧であれば求職者の意思決定は進みません。最初に「ここで働くことで、求職者は何を得られるのか」を定義する必要があります。
2. 強みは、求職者にとっての意味へ翻訳する 症例数、設備、資格、在籍人数、診療体制は組織の特徴にすぎません。それが候補者のキャリアや感情にどのような価値をもたらすかまで翻訳して、初めてブランドの約束になります。
3. 機能的価値だけでなく、情緒的価値を考える 給与や教育制度だけでなく、どのような医師になれるのか、どのような誇りや実感を得られるのかを示すことで、他院と比較されにくい独自のブランドが生まれます。
4. WebとSNSに同じ役割を持たせない SNSは認知や共感、Webサイトは理解と意思決定を担う場です。媒体ごとに役割を定義することで、フォロワー数やアクセス数だけに振り回されずに済みます。
5. ブランドは、コンバージョン後まで設計する 応募や面談申し込みはゴールではありません。問い合わせ後の対応、見学、応募、採用までを追跡し、次のアクションを共有する仕組みがあって初めて、ブランドは信頼として積み上がります。
23. 採用ブランディングは、施策ではなく構造で組む
この事例で重要だったのは、採用サイトのリニューアルとSNS運用を、別々の施策として扱わなかったことです。起点に置いたのは、「ここで働くと、どのような未来を得られるのか」という提供価値でした。
そこから逆算し、採用サイトで何を説明するか、SNSで何を感じてもらうか、どの段階で面談へ誘導するか、何を計測するか、問い合わせ後にどう対応するか、現場がどう情報を提供するか、月次定例会で何を判断するかを、一つの構造として設計しました。
若手医師が抱える「成長したい。しかし、厳しすぎる環境には不安がある」という葛藤に対し、「豊富な症例を、指導とチーム医療の中で経験できる場所」として価値を再定義しました。さらに、他の救急科では急性期治療後に患者を後方科へ引き継ぐことが多い中、このセンターでは初療から後方病棟、退院後の外来フォローまで一貫して診療に関わるという独自の診療体制を見いだしました。
その組織側の特徴を、「自分の治療が患者の機能回復や社会復帰にどのような結果をもたらしたかまで確認し、次の診療へ学びを還元できる」という機能的価値へ翻訳し、さらに「患者が命を取り留め、その人らしい人生を取り戻していく過程に関わることで、医師としての価値観を築ける」という情緒的価値へつなげました。ここから、「救命だけでなく、傷病者の人生まで救える医師を育てる場所」というブランドプロミスを導きました。
Webサイトは、その価値を理解し、比較し、選ぶための場。SNSは、職場の雰囲気を伝え、必要なときに思い出してもらう場。カジュアル面談は、大きな意思決定の前に不安を解消する場。簡易CRMは、候補者との関係を採用までつなぐ仕組みです。
採用ブランディングは、一つの広告やコンテンツで完成するものではありません。価値設計、情報設計、導線設計、計測設計、運用設計をつなぎ、改善を続けられる状態をつくることそのものです。
まとめ
埼玉医科大学総合医療センター高度救命救急センターの事例では、採用サイトからの問い合わせがほとんど発生していなかった状態から、面談・施設見学が継続的に生まれ、複数年にわたって採用が実現する状態へ変化しました。
その起点になったのは、デザイン変更やSNSの投稿数ではありません。求職者へのインタビューとソーシャルリスニングを通じて捉えた「成長したいが、環境で自分が通用するか不安である」というインサイトに対し、組織固有の診療体制を若手医師の成長価値・情緒的価値へ翻訳し、「傷病者の人生を救うドクターを育成します。」という一つのブランドプロミスへまとめたこと。それが、採用サイト、SNS、カジュアル面談、施設見学、コンバージョン後のフォローまで一貫して実装された結果、自然検索やセッション、面談・見学申し込みの増加、そして実際の採用へとつながりました(設計の全体構造は23章を参照)。
採用ブランディングで最初に考えるべきことは、どの媒体を使うか、何本投稿するか、どのデザインにするかではありません。
求職者がその組織で得られる未来を言語化し、その価値を信じられる根拠を整理する。組織に独自の仕組みや文化があるなら、それをそのまま説明するのではなく、ターゲットにとっての経験や成長へ翻訳する。そのうえで、Webサイト、SNS、面談、見学、採用後のフォローまで、候補者の意思決定に合わせて接点を設計し、現場が無理なく続けられる運用の仕組みに落とし込む。
この順番を守ることで、採用サイトやSNSは一時的な施策ではなく、継続して人材との接点を生み出すブランド資産になります。