「うちの会社の強みは何ですか?」と聞かれたとき、すぐに答えられるでしょうか。「品質には自信がある」「お客様に寄り添っている」「長年の実績がある」。いずれも強みになり得ますが、競合他社も同じことを言っているとしたら、顧客は何を理由に自社を選んでくれるのでしょう。

企業ブランディングに取り組もうとすると、ロゴやキャッチコピー、Webサイト、SNSなど、目に見えるものから考えたくなるかもしれません。しかし、何を伝えるべきかが曖昧なまま見せ方を変えても、顧客にとっての価値が伝わるとは限りません。私がまず整理したいのは、「誰の、どんなニーズに、自社はどんな価値を提供できるのか」という問いです。

この記事では、私が実際に携わった専門職の採用支援と、会員制団体のWebサイト改善を題材に、AB3C分析とSTP分析を使って「選ばれる理由」を考える方法を紹介します。フレームワークの使い方だけでなく、顧客のニーズをどう捉え、組織の特徴を提供価値へどう変換し、どのような判断につなげたのかをお伝えします。最後には、ご自身の事業に当てはめて考えられるワークも用意しました。

なお、実務事例は組織名や特定につながる情報を伏せ、分析内容を一般化して紹介しています。実際に行った分析と、説明用の仮例、検証が必要な仮説は区別して記載します。

企業ブランディングは、何を約束できる企業なのかを考えること

ブランドは企業が一方的に決めるものではありません。商品やサービス、営業担当者の対応、Webサイトでの発信など、さまざまな接点を通じて人々の中に形成される認識です。企業ブランディングとは、その認識を偶然に任せず、自社が大切にしている価値と、相手が実際に受け取る価値を一致させていく取り組みだと私は考えています。

例えば、「安心して任せられる会社」というブランドを目指すなら、落ち着いたロゴやWebデザインを用意するだけでは十分ではありません。問い合わせへの対応、仕事の進め方、顧客への説明、問題が起きたときの対応まで、一貫して安心を感じられる必要があります。反対に、実際には優れたサービスを提供していても、その価値が伝わらなければ、価格や知名度だけで比較されてしまうかもしれません。

ここで重要になるのが、自社の特徴と、顧客が得られる価値を分けて考えることです。優れた設備や技術、豊富な経験は自社の特徴ですが、顧客が知りたいのは、それによって自分の困りごとがどう解決され、どのような状態になれるのかということです。

企業全体のブランドには、理念や組織文化、複数の事業に共通する価値観も含まれます。ただ、最初からすべてを整理するのは簡単ではありません。まずは一つの事業やサービスを題材に、誰にどのような価値を提供しているのかを考えることが有効な出発点になります。

AB3C分析で、自社の特徴を顧客にとっての価値へ変える

AB3C分析は、顧客(Customer)、競合(Competitor)、自社(Company)の3Cに、競合と比較した好ましい違い(Advantage)と、顧客が得られる便益(Benefit)を加えて整理するフレームワークです。

3C分析の基本的な考え方は、戦略設計② 顧客・競合・自社から、選ばれる理由を探すでも紹介しています。この記事では、分析した情報を実際の判断にどう使うかを中心に考えていきます。

私の場合、まず顧客、次に競合、最後に自社という順番で分析します。自社から考え始めると、どうしても得意なことや伝えたい特徴を並べがちですが、それを求める顧客がいなければ強みとして機能しません。また、顧客が求めているものであっても、競合が同等以上に提供できるのであれば、それだけで差別化できるとは言えないからです。

最初からAB3Cの5項目を埋める必要はありません。まず顧客・競合・自社を整理し、後述するSTP分析でターゲットを具体化してから、AdvantageとBenefitを見直します。フレームワークは一方通行で完成させるものではなく、考えながら行き来するものです。

実例:専門職の採用支援で、組織の特徴を成長価値に変えた

以前、ある組織の専門職採用を支援した際、採用情報は掲載されているものの、そこで働く魅力が十分に伝わっていないという課題がありました。組織側には専門的な業務経験や育成環境などの特徴がありましたが、応募を検討する人がそれをどのような価値として受け止めるのか、整理する必要がありました。

そこで、採用対象に近い人への少人数の聞き取りと、関連する公開投稿の確認を行いました。どのような経験を積めるのか、指導や相談の体制はあるか、専門性を高められるか、職場の雰囲気はどうか、といった点が選択の判断材料として挙がりました。また、自分の能力が通用するのか、十分な経験を積めるのかという不安にも着目しました。

一方、組織側には、さまざまな実務経験を得られる環境や、異なる専門分野の人々が連携して業務に当たる体制などの特徴がありました。しかし、単に「幅広い業務を経験できます」「専門職が連携しています」と説明するだけでは、採用候補者にとっての価値が伝わりきらないのではないかと考えたのです。

当時の戦略検討を一般化すると、次のように整理できます。

Customer
実務経験を積み、専門性を高めたい人。育成環境への期待と、自分が通用するかという不安がある
Competitor
同じ専門分野で採用を行う他組織
Company
多様な実務経験の機会、専門職間の連携、育成環境
Advantage
経験できる仕事の幅や学びの環境が、比較の中で好まれる可能性
Benefit
専門家としての基礎を築き、将来のキャリアにつながる経験を得られること

※実際に行った戦略検討を匿名化・一般化したものです。競合より優れていることや、採用候補者全体が同じニーズを持っていることまで実証したものではありません。

この分析で注目していただきたいのは、CompanyとBenefitの違いです。「異なる専門分野が連携している」「幅広い業務を経験できる」というのは組織の特徴です。しかし、働く人にとっては、それらを通じて「専門家としての視野を広げられる」「今後のキャリアの土台となる経験を積める」という価値になる可能性があります。

組織が持っているものを並べるのではなく、相手がそこで何を得られるのかへ言い換える。これがAB3C分析の重要な役割です。ただし、その価値が実際に提供できるのか、他の選択肢と比較して好まれる理由になるのかは、別途確認しなければなりません。

Advantageは、顧客・競合・自社を照らし合わせて判断する

ここでもう一歩踏み込んでみましょう。AB3Cの中でも、Advantage(優位性)は判断が難しい項目です。自社に特徴があることと、その特徴が競合に対する優位性になることは同じではありません。

例えば、採用候補者が「幅広い実務経験を積めること」を重視していて、自社にその経験機会があったとしても、他の組織でも同じ経験ができるなら、特別な選択理由にはならないかもしれません。反対に、他社にはない特徴でも、候補者が価値を感じなければ、訴求する意味は小さくなります。

そこで、採用支援で整理した情報をもとに、優位性を判断するための比較表を作ってみます。

実務経験の幅
自組織について把握したこと
複数の専門領域が連携し、さまざまな経験機会がある
他組織との比較
同じ条件での比較は未確認
現時点の判断
Advantageの候補
指導・相談体制
自組織について把握したこと
候補者が重視している条件。実際の運用状況は追加確認が必要
他組織との比較
他組織の指導体制も要確認
現時点の判断
基本条件か差別化要素か判断保留
職場の雰囲気
自組織について把握したこと
候補者が重視していることは聞き取りから把握
他組織との比較
自組織・他組織の実態比較が不足
現時点の判断
優位性を主張しない

※当時の分析記録をもとに、Advantageの判断方法を説明するため再構成した表です。新たに競合調査を実施した結果ではありません。

この表を作ると、分析によってわかったことと、まだわかっていないことが区別できます。例えば、実務経験の幅は自組織の特徴として確認できても、競合との比較が不足しているため、差別的優位性として確定できません。一方、職場の雰囲気は候補者が重視する条件であっても、自組織が優れている根拠がなければ、Advantageとして扱うべきではないでしょう。

実際に優位性を判断するときは、顧客がその条件をどの程度重視しているか、自社がどの水準で提供できるか、競合が同じ条件でどの程度対応できるかを確認します。比較に使う情報は、サービス内容、採用情報、実際の運用記録、顧客や利用者への聞き取りなどです。比較条件をそろえず、競合の情報が少ないことを理由に自社が優れていると判断しないようにします。

こうして顧客・競合・自社を照らし合わせると、Advantageとして訴求できそうな特徴と、基本条件として整えるべき特徴を分けられます。また、比較が十分にできない段階では、無理に結論を出さず「優位性の候補」として残すことも重要です。

この事例では、専門的な経験の機会を候補者の成長価値として伝える方向を検討しましたが、それを競合より優れていると一律に断定するのではなく、実際の業務内容や育成環境を具体的に伝えることを重視しました。

自社の強みを探すために、何を調べるべきか

この考え方は、採用以外の事業にも応用できます。例えば製造業なら、加工技術そのものではなく、その技術によって発注者が実現できる品質や設計の自由度が価値になるかもしれません。専門サービス業なら、保有資格の数よりも、問題を整理して適切な判断ができる状態をつくることが評価されている可能性があります。

まずは「顧客は何に困り、何を実現したいのか」「顧客は現在、どのような手段で問題を解決しているのか」「その中で、自社の特徴が価値になるのはどの場面か」という3つの問いから考えてみてください。顧客の困りごとが思い浮かばない場合は、不便・不満・不足・不安という4つの「不」を手掛かりにする方法もあります。

なお、競合は必ずしも同業他社とは限りません。顧客が同じ目的を達成するために比較する代替サービスや、自力で問題を解決する方法も競合になり得ます。自社の強みを判断するときは、顧客が求めていること、比較対象との違い、そして自社が継続して提供できることを照らし合わせて考えましょう。

STP分析では、誰に価値を届けるかを考える

AB3Cで顧客・競合・自社の関係を整理したら、次は誰に重点的に価値を届けるかを考えます。そこで使うのがSTP分析です。Segmentation(市場を分ける)、Targeting(注力する市場を選ぶ)、Positioning(その市場でどう認識されたいかを考える)の3つで構成されます。

特に重要なのが、セグメンテーションでどのような軸を選ぶかです。年齢、性別、地域、企業規模などはわかりやすい分類軸ですが、属性が似ていても求める価値が同じとは限りません。利用目的、困りごとの強さ、価値観、利用場面などに着目した方が、事業上の判断に役立つこともあります。

私は、セグメンテーションの段階ではターゲットを決めつけないようにしています。最初から「この人に売りたい」という結論を持って市場を分けると、ほかのニーズを見落とす可能性があるためです。

セグメント軸を変えると、見えてくるニーズも変わる

例えば料理代行サービスの市場を考えてみましょう。以前、この事業を題材に戦略を検討した際、最初に家族形態と働き方から顧客を分類しました。共働きの世帯は、仕事と家事の両立によって調理に負担を感じているのではないかという仮説です。

しかし、同じ共働き世帯でも、料理が好きな家庭もあれば、できるだけ手間を省きたい家庭もあります。そこで「生活の余白」と「食へのこだわり」という別の2軸を考えました。ここでいう食へのこだわりは、高価な食材への関心ではなく、日々の食事を自分たちなりに納得できる形で整えたいという気持ちを指します。

生活の余白が少ない × 食へのこだわりが高い
食事を大切にしたいが、準備する余裕がない
生活の余白が少ない × 食へのこだわりが低い
食事の準備をできるだけ効率化したい
生活の余白がある × 食へのこだわりが高い
食事づくり自体を楽しみたい
生活の余白がある × 食へのこだわりが低い
現状の食生活に大きな不便を感じていない可能性がある

※過去の戦略検討をもとに再構成した仮例です。実際の顧客調査で、4つの集団の存在や規模を確認したものではありません。

この分類では、「生活の余白が少ない一方で、食事を大切にしたい」という層を最初に検証する候補としました。単に調理時間を減らすことだけでなく、望む食生活を維持しながら負担を軽くすることに価値を感じる可能性があると考えたからです。一方、効率を最優先する人なら、惣菜や宅配食品の方が希望に合うかもしれません。

ここでのポイントは、属性による分類とニーズによる分類のどちらが常に優れているかではありません。分類することで、顧客が求める価値や選択基準の違いを発見できるかということです。セグメント軸を考える際は、分類によってニーズが変わるか、その違いを実際に調べられるか、そして分類によって提供内容や施策の判断が変わるかを確認するとよいでしょう。

ターゲティングは、何を優先しないかを決めることでもある

市場を分類したら、どの顧客層に注力するかを考えます。先ほどの料理代行であれば「生活の余白が少なく、食事を大切にしたい人」は有力な検証候補ですが、それだけでターゲットが確定するわけではありません。実際に需要があるか、対象者にサービスを届けられるか、支払意思や採算が見込めるか、自社に対応力があるかを確認する必要があります。

ターゲティングは、理想の顧客像を描く作業ではなく、限られた経営資源をどこに使うか決める作業です。ある層を優先するということは、ほかの層に対する施策を後回しにする判断でもあります。そのため、優先順位を決めた理由と、判断を見直す条件を整理しておくことが大切です。

実例:会員制団体では、利用者ごとの目的から情報設計を考えた

以前、ある会員制団体のWebサイト改善を支援した際、課題の一つに会員拡大がありました。しかし、サイトの利用状況を調べると、既に団体を知っている人や、必要な情報・手続きを探して訪れる人が多く、入会する価値を知ってもらう機会が十分ではないと考えられました。

当時の分析では、会員になることを検討する事業者が、情報収集や他の事業者とのつながり、仕事上の支援などを求めている可能性に着目しました。競合も同種の団体に限定せず、事業に必要な情報や交流機会を得られる別の組織まで広げて考えています。利用者にとって重要なのは、特定の団体に所属すること自体ではなく、所属によって何を得られるのかという点だからです。

そこで、団体の制度や活動を紹介するだけでなく、事業者が得られる価値を具体的に伝える方向性を提案しました。情報や交流機会などの機能的価値に加え、困ったときに相談できる相手がいる安心感も、提供価値の候補として整理しています。ただし、これらは当時の戦略提案であり、すべての便益が実現・検証されたわけではありません。

利用目的を分けることで、サイトの役割も変わる

この案件では、利用者を一括りに扱わないことも重要でした。既存会員、入会を検討する事業者、団体のサービスを利用したい人では、訪問目的が異なります。そこで、それぞれの目的に応じて情報の入口と導線を整理する方針を立てました。

既存会員
主な目的
情報や手続きを確認したい
必要な情報
必要な情報に迷わず到達できる案内
入会を検討する事業者
主な目的
加入する価値を判断したい
必要な情報
活動内容、得られるメリット、必要な負担
その他の利用者
主な目的
団体のサービスを利用したい
必要な情報
利用できる内容や相談窓口の案内

※当時のサイト利用者と利用目的を、匿名化して整理したものです。相互に重なる利用者を含み、排他的な市場セグメントではありません。正式なSTP分析として作成した表でもありません。

特に重要だったのは、すぐに入会するつもりのない人との接点でした。そうした人も、情報収集などを目的にサイトを訪れる可能性があります。そこで、目的の情報を探す過程で団体の活動や入会メリットも知ってもらえるよう、情報構造と導線を考えました。

これはSTPの考え方とも共通していますが、厳密にはWebサイトの利用目的別の情報設計です。市場のセグメンテーションと同一視するのではなく、利用者の目的を区別した結果、誰に何を伝えるべきかという施策の判断が具体的になった事例として捉えるのが適切でしょう。

ポジショニングは、顧客が比較する条件から考える

注力する顧客が見えてきたら、その人に自社をどのような選択肢として認識してほしいかを考えます。これがポジショニングです。単に競合との違いを探すのではなく、その違いが顧客の選択に関係していることが重要です。

先ほどの専門職採用の事例では、候補者が実務経験、育成環境、職場の雰囲気などを比較する可能性がありました。そこで、ただ「専門的な仕事ができる組織」と伝えるのではなく、「実践的な経験を通じて専門家としての基礎を築ける環境」として認識してもらう方向性を検討しました。

誰に選ばれたいか
専門性を高めたい採用候補者
何と比較されるか
同じ分野で採用を行う他組織
何を基準に比較されるか
経験機会、育成環境、職場の雰囲気
どう認識されたいか
専門家として成長につながる経験と環境がある組織
根拠として何を示せるか
実際の業務内容、育成・支援体制、経験機会の具体例

※当時の検討を一般化したものです。他組織より優れていることを実証した比較表ではありません。

ポジショニングマップを使う場合も、顧客が本当に重視する比較軸を選ぶ必要があります。例えば「経験できる仕事の幅」と「育成支援の手厚さ」を軸にするとしても、それらが候補者に重要な条件なのか、各組織が実際にどの位置にあるのかを確認しなければなりません。自社に有利な軸を設定し、右上に配置できたとしても、それだけで競争優位性が証明されるわけではないのです。

分析結果を「ブランドの約束」に変換するには?

AB3CとSTPで顧客・競合・自社の関係を整理したら、最後にその分析をブランドの約束として言語化します。ここが、フレームワークを使って情報を整理することと、実際の戦略として使うことの分かれ目です。

例えば、専門職採用の事例をもう一度考えてみましょう。組織の特徴として挙げられたのは、多様な業務経験の機会や専門職間の連携です。しかし、採用候補者が求めていたのは、組織体制そのものではなく、そこでどのような経験ができ、自分がどのように成長できるかということでした。

この関係を、特徴から提供価値まで段階的に整理すると次のようになります。

自社の特徴(Company)
複数の専門領域に関わる仕事や、経験を積める環境がある
顧客のニーズ(Customer)
実務経験を重ね、専門性を高めたい
優位性の候補(Advantage)
学べる内容や経験の幅が、ほかの選択肢と比較したときの魅力になる可能性
機能的Benefit
専門的な仕事を経験し、知識や実務能力を身につける機会が得られる
情緒的Benefitの仮説
将来のキャリアを描くうえで、自信や手応えを得られる可能性
根拠(RTB)の候補
実際に担当できる業務、育成体制、指導・相談の仕組み

この表で注意したいのは、すべてが同じ確かさの情報ではないことです。実際に経験できる業務や育成体制は組織の記録で確認できますが、それを候補者が競合より魅力的と感じるかは別の話です。また、仕事を通じて自信が得られるという情緒的Benefitも、実際に働く人の声などで確かめる必要があります。

こうした条件を踏まえて、ブランドが約束したい価値を一文にまとめてみます。

「私たちは、専門性を高めたい人に対して、多様な実務経験と学びの機会を提供し、将来のキャリアの土台づくりを支えます。」

これは説明用に作成したブランドメッセージ案であり、実際の支援先が採用した言葉ではありません。また、経験を積める機会が存在することと、期待する成長が必ず実現することは異なります。そのため、「必ず成長できる」ではなく、組織が提供できる経験や支援を中心に表現しています。

この一文を考える際のポイントは、顧客にとっての価値を中心にしながら、実際に提供できることから離れないことです。どれほど魅力的な約束でも、実態が伴わなければブランドへの信頼にはつながりません。

ブランドの約束を裏付けるPOP・POD・RTB

ここでもう一つ整理しておきたいのが、POP・POD・RTBです。POP(Point of Parity)は顧客が選択肢として検討するための基本条件、POD(Point of Difference)は競合と比較して選ぶ理由になる違い、RTB(Reason to Believe)はその価値を信じられる根拠です。

例えば、専門職の採用であれば、業務内容や働く条件が明確であること、必要な育成環境があることなどは基本条件として重視される可能性があります。そのうえで、経験できる業務の幅や専門職間の協働が、候補者にとって好ましい違いになるかもしれません。そして、その違いを具体的な業務内容や育成の仕組みで示せれば、価値を伝える根拠になります。

ただし、自社がPODだと考えていることが、顧客にとっては当たり前のPOPである場合もあります。競合にも同様の特徴があるかもしれません。だからこそ、伝えたい価値を決めた後にも、顧客や競合の情報へ戻って検証する必要があります。

会員制団体の事例でも同じです。会員向けの情報提供や交流機会があることは組織の特徴ですが、それが会員の事業にどのように役立つかを考えなければ、入会する価値は伝わりません。例えば「事業に必要な情報と相談できるつながりを提供する」という価値の方向性は考えられますが、その約束をするためには、どのような情報や機会を実際に提供しているかを確かめる必要があります。

ブランドの約束を、Webサイトや実際の顧客接点に反映する

ブランドの約束を言葉にできたら、次はそれを顧客が実際に体験する場面へ落とし込みます。例えば「専門家として成長できる環境」を採用ブランドの約束にするなら、採用サイトには担当できる仕事や育成の仕組みを掲載し、SNSでは日々の仕事や職場の様子を伝えることが考えられます。面談や職場見学でも同じ内容を説明でき、入職後の仕事や支援体制もその説明と一致している必要があります。どれか一つの接点で魅力的な言葉を掲げるだけでは、約束を守っていることにはなりません。

一般の企業でも同様です。「相談しやすさ」を価値として掲げるなら、Webサイトに問い合わせ窓口を用意するだけでなく、相談前にどのような情報が得られるか、相談後にどのような手順で対応するかまで考えます。ブランドの約束に対応する具体的な行動を決め、それが実際に行われているかを確かめることで、発信と顧客体験のずれを減らせます。

ブランドの約束を言葉にすることは、キャッチコピーを完成させることではありません。誰に、何を、なぜ自社が提供できるのかを、組織の中で共有できる状態にすることです。また、一つの商品やサービスで見つけた価値が、そのまま企業全体のブランドになるとは限りません。複数の事業を展開する場合は、それぞれが提供する価値と、企業として共通して大切にする理念や価値観との整合性も確認する必要があります。

自社でも実践してみよう:選ばれる理由を整理する6つの問い

ここまで紹介した分析を、最初からすべて完成させる必要はありません。まずは、顧客についてわかっていることと仮説を分けながら、6つの問いを書き出してみてください。例えば先ほどの料理代行サービスなら、次のように整理できます。

① 顧客は何に困っているか
家族の食事を大切にしたいが、準備の時間や気力が足りない
② 何と比較しているか
惣菜、宅配食品、ミールキット、自分で調理する方法
③ どの軸で顧客を分けるか
生活の余白と、食事に対する考え方
④ 誰に注力するか
余白が少なく、食事を大切に考える層を最初の検証候補にする
⑤ どう認識されたいか
食事への希望を大切にしながら、調理の負担を減らせる選択肢
⑥ 何を根拠に約束できるか
対応可能な献立、調理内容、利用条件などを確認して示す

※すべて説明用の仮説であり、実際の顧客調査や事業検証の結果ではありません。

この表をもとに、「私たちは、〔誰〕の〔どんな課題〕に対して、〔何を提供することで〕、〔どんな価値〕を届けるのか」という文章にまとめてみましょう。料理代行の事例であれば、例えば次のような一文が考えられます。

「私たちは、忙しくても家族の食事を大切にしたい人に、家庭の希望に合わせた料理のサポートを提供し、食事への思いを大切にしながら調理の負担を減らします。」

これは完成済みのブランドコンセプトではなく、仮説から作成した説明用のメッセージです。実際に採用するなら、家庭ごとの希望にどこまで対応できるのか、顧客がその価値を求めているのか、無理なく継続できるサービスなのかを確認する必要があります。また、事前の希望の聞き取り、対応できる献立、利用条件などを具体的に示せることが、約束を裏付けるRTBの候補になります。

自社で作成する際も、文章を整えるだけで終わらせないようにしましょう。各項目に「確認済み」「仮説」「未確認」の印を付け、次に確認すべきことを整理します。顧客のニーズが想像でしか書けなければ、既存顧客に最近困った場面や、商品・サービスを選んだ理由を尋ねてみる。競合との違いがわからなければ、サービス内容や利用条件を同じ基準で比較する。自社の強みが見つからなければ、継続して取引している顧客に選んだ理由を聞いてみるとよいでしょう。

フレームワークは、表を埋めて完成させることが目的ではありません。むしろ、答えられなかった項目こそ、次に何を調べるべきかを示してくれます。仮説を立て、実際の顧客や競合の情報で確かめ、必要ならターゲットや提供価値を考え直す。その繰り返しによって、事業に使える戦略へ近づいていきます。

まとめ:自社の強みは、顧客との関係の中で見つかる

企業ブランディングに取り組むとき、いきなり自社の魅力を表す言葉を探す必要はありません。まず顧客が何を求め、どのような選択肢と比較しているのかを整理し、その中で自社が提供できる価値を考えることが出発点になります。

今回紹介した専門職の採用支援では、組織が持つ経験機会や育成環境を、採用候補者が得られる成長価値として整理しました。会員制団体の支援では、利用者の目的を整理することで、まだ入会を検討していない人にも団体の価値を知ってもらう接点を考えました。どちらも、見せ方を決める前に相手が必要としているものへ目を向けた事例です。

自社が伝えたいことと、顧客が価値を感じることの重なりを見つける。そのうえで、実際に提供できる価値を約束し、仕事の中身と発信をそろえることが、企業ブランディングの大切な一歩になると私は考えています。

まずは、身近なお客様が自社を選んだ理由を一つ確かめるところから始めてみてはいかがでしょうか。

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